12月に想う事

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12月が訪れた。

私は今年もあのでかいツリーを出さないのだろうか?

娘は試験勉強中なので、おしゃべりな私は家に居ると息が詰まりそう。

 

今の若い世代は12月と言うとクリスマス以外に何を思い出すのだろう。

私達だと、ジョンレノンの命日…そして忠臣蔵

 

個人的には10数年前には結婚記念日というものがあったんだけど!

(忘れそうになるのはいつも私だった。耳打ちしてくる娘に何度か助けられた)

 

今はクリスマスとお正月の支度以外で、12月に花を飾るのは父の命日。

ジョー・ストラマーも同じ日に亡くなった。

(彼のドキュメンタリーを見た時、父と共通点が多くて勝手に親しみ?みたいなものを感じている)

 

昨日のブログに書いた通り、本日も下書きを晒します///

今年の父の日前後に書いたもの。

 

幼い時、父が家の設計図を見せながら「犬を飼おう。柴犬がいい」と言っていたのを思い出した。動物好きの私はワクワクした。

しかし、それを(大きな家での生活も柴犬も)父と私が共有する事は無かった。

両方とも父の会社が軌道に乗った晩年に叶った。

私?

元々、父の夢だったし素直に心から良かったねと思えた。

 

ワンコは父の死後しばらく、外で車の音がする度に玄関へ全速力で走って行っていたらしい。

私も子どもの時、母から家を締め出された夜は、タクシーの灯りが見える度にお父さんやと思って立ち上がってたんやで

 

週末はメンクリ。来週は2回のPCR検査の後、目の手術、2泊3日で入院。

食事は美味しいだろうか←

 

薬を変えてからどんよりしている。頑張れるけど。頑張れるんだから、ちょっとずつ手近なものからやって行こう。

 

photo : iPhone6 2015年12月某日 某デパートのレストラン街にあったカレーのお店。コーヒーがめちゃ美味しかった。今は北堀江のオシャレな場所に移転してる

私のこと

うつは抜けたがダメだな自分

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今夜0時までにこれをUPすれば、1ヶ月に書いたブログの数が10を超えるという事に気づく。

書く事、順調に慣れつつあるのかな。嬉しい。

 

しかし下書きがめちゃ溜まっているではないか。数えてみた。

57個!公開しているものより多いじゃない!

 

恐らく、備忘がわりに書きかけたもの、ネガティブすぎて公開をやめたもの、書いている途中で恥ずかしくなったやつ等々…。

合間合間にこれらを白日の元に晒して供養していこうと思う。

〜〜〜

これは、うつのひどい時に書いたものだ。ネガティブ注意。

 

2021年4月某日

文章が書けない。絵も描けない。ピアノも弾けない。

でも死ぬまでにまだ時間があるから、自分の思いを残したいという気持ちが強い。

言い訳と言われても、人生の時々で誤解された事の釈明をしておきたいし

世の中にも物申したい。

こんな事を悩みだしてから半年たつが、今だにPCの前で書いては消しを繰り返したり固まったりという無駄な時間を過ごしている。

ゆうべ真っ暗な部屋の布団の中で考えた。

そこそこ趣味や楽しみはあったものの、コロナ禍で出来ない事、がん治療中は出来ない事ばかり。

(略)

今、抗がん剤の副作用で足のしびれが日常生活に支障をきたしているのだけど、動けないわけでないし、ダルさもない。

片付けも、体力つくりも今のうちにやっておかなきゃ。

 

日付を見るとうつの底にいる時だ。

抜けた今は今とて何もしていないのだが。それを「苦」と思わない今の方が恐ろしいではないか。

 

娘に「頑張れない、という特性はあるのか?」と問うた事がある。言った後に恥じた。

娘は「頑張れるって、成功体験の積み重ねもあるから」と応えたと思う。

自身はそうだったんだろう。(あと私を傷つけない配慮もあり)

 

私は苦手な事を無理にさせない親だった。育児の知恵や特別なポリシーがあったわけじゃない。出来るだけ褒めて育てたかった。

そうした私の甘やかしが原因で彼女は失敗した事がある。しかしそれをちゃんと自覚し頑張る事を惜しまなかった。

 

…これ見たら「ママ褒めすぎ」と言うだろうな。

 

さて。11月11つ目のブログをUPしよう。

 

photo : EOS kiss X9 2021年5月某日 井原西鶴像の方をボカして何でもない若い小枝を撮っていた

 

私のこと

眼の執刀医、そして私の躁について

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先日、2週間後に目の手術をする病院へ行ってきた。

娘は「私も行くべきやろ」と、午前中だけ休んで付いてきた。

この手術が今の私に必要かどうか、執刀医の先生に聞きそびれていたのだ。

 

紹介される前の病院の医師は「しますか?」と私に判断をゆだねた。

しかし、紹介された病院では手術する前提でその日のうちに術前検査までしてしまったから。

「手術希望の患者」として紹介されていれば、病院としては当然の事かもしれない。

ただ、私は新しい主治医(執刀医)に「先生ならどうします?」と改めて聞くべきだったと、今頃になって気付いたのだ。

 

で、どうだったかというと「これから視力が落ちていくのは間違いなく、多少のリスクがあるとはいえまだ若いし手術を勧める」と言われた。

 

何か不思議な感じがした。私はがんステージ4の上に手帳持ちの精神障碍者である。

この先、社会に何がしかの貢献ができるどころか、家族に迷惑をかけながら早々と逝ってしまう可能性もあるというのに、執刀医の言葉にも目にも少しのためらいも感じなかった。

 

診察室を出た後、娘が「時間の許す限り患者の不安を取り除こうとしてくれる、いい先生やな」と言ってたけど、私も同感だ。

~~~

双極性障害II型の私のうつ、混合状態、そして躁について。

先日、黄金頭さん(id:goldhead)が寄稿された記事に付けた私のブコメです。

おれが抑うつ状態になったときのことを書き留めておきたい。

うつの時でも無理してやる(やりたい)のは夕食作りなんだけど作り慣れた簡単なものを2品だけなのに脳への負担が半端ない感じ。ゆっくり動いているにも関わらず調理後は全力疾走した後のような息切れが/双極性障害Ⅱ型

2021/11/26 14:45

 

私のうつはこんな状態↑

頭と身体の動きがかみ合わなくて、慣れている家事でさえ辛い。

シャワーだけの入浴もしんどくて、終わったらお布団に倒れ込む。

頭が回らないので自分の世話が疎かになる。

(香りフェチの潔癖なので、周りに気付かれる程の手抜きは出来ない)

うつが酷い時は、頭上に黒雲が覆っている感じ。

かなり日当たりのいい部屋なのに、うす暗く感じる。

時折、不安で胸が潰れそうになる。

といったところか。

 

ちなみに今は混合状態。

私の場合、お薬を変えたタイミング、うつ転、躁転時に現れる。

イライラする。ケンカになりやすい。自分の行動にもイラッとする。

ただ短期間なので次の波が来るまでグッと耐える。

 

で、躁は?

…書きづらい。

しかし黄金頭さんの躁が、私と違う感じなので私の躁エピソードも少しだけ記しておこうと思う。

goldhead.hatenablog.com

 

私がアカシジアになったきっかけのお薬。今思えばあの薬を服用し始めてすぐに上がった。多分今も飲み続けていたら躁転してだだろう。

娘が「やっぱうつやない時のママはおもろいな」と言ってた。

 

私の躁は爽快感を伴う。寝食忘れて何某か(DIYとか)に熱中する。

 

私は躁転しやすいので歴代主治医は躁転しないように留意した治療をしていた。

しかし元が循環気質(※)だから?どのやらかしが躁からのものか判らない。

各々、ちゃんとした理由があり、社会的に死んでもいない。

なのに「それ躁のせいです」と、ハリガネムシに操られたカマキリみたいに言われるのは悲しい。

 

直前に躁転のきっかけとなるようなストレスがあった?

例えば、娘を連れ海外へ飛んだ、その2ヶ月前には父の死があった。

でもあの旅も私なりにちゃんと理由があったのだ。

 

躁は高いほど次のうつがキツいと言う人もいるが、それも正直わからない。

経済的なダメージをくらうからだろうか?

 

それならわかる。めちゃわかる。

~~~

 

※循環気質

循環気質は日本人に多いとされ、全人口の2割を占めます。基本的には快活、社交的で、仕事に対しても意欲的ですが、それは長続きせず、突然やる気が失せて仕事の効率を悪化させてしまいます。一定のパフォーマンスを維持することができないのです。

適応障害」になりやすい人を悩ませる循環気質 東洋経済 より

 

循環気質が双極性障害病前性格とされていたのはかなり昔の話みたい。

 

以前は、双極性障害の人では、循環性格という、朗らかで社交的 な、気分に波がある人がなりやすい、と言われていました。 これは、もう五十年以上前に、クレッチマーという人が提唱した説 でした。しかし、こうした考えは、現在では否定されています。(略)双極性障害になる人に はこれと言って特徴的な性格があるわけではなく、どんな性格の人 でもなる病気であると考えられるようになりました。

—『双極性障害【第2版】─双極症I型・II型への対処と治療 (ちくま新書)』加藤忠史著 より

 

photo : iPhone7 2021年11月某日 改装中の病院のそばで写した空

 

私のこと

 

早口の時の娘が苦手だったりする

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最近の娘は忙しい。家に居る時も忙しい。

試験勉強と実習のレポートとかで。

 

頭が高速回転モードの時の娘にはなるべくタッチしない。

早口は苦手である。

 

ケンカになれば私は頭がパニックになる。

そういう時、彼女は「ママはふざけている」「真面目に聞いてない」ように感じると以前聞いた。

なので「ママが早口を追えないだけ」という事を伝えた。以後、彼女はケンカしてしばらく経つと必ず謝ってくるようになった。

幼稚な親でこちらこそすまん。

〜〜〜

勤めに出なくなって数年がたつ。

月一で会っていた友人との飲み会での話題の中心は仕事の話だったけれど、それは失業してからも変わらず、楽しかった。

私は。

酒の力を借りて私相手に日頃のストレスを発散してくれれば、と思っていた。

 

私の頭が年々鈍くなってきている主な原因は、ひきこもり生活にあると思う。

 

1年半前、がんの手術を終え家に戻った時、娘が

「5年くらい前のママに戻ったみたい!」

と嬉しそうにしていた。

看護師さん、実習中の看護学生さん、理学療法士さん、その他、病院の皆さんのおかげだ。

コロナで面会禁止の上に個室だったけれど、2時間もほっとかれずに誰かと話ができた。

一週間足らずの間、家族以外の人と少しの緊張感を持ちおしゃべりする生活を送っただけで、人間の脳ってそんなに活性化するものなのか、と驚いた。

(軽躁だった可能性もある。私はちょっとした環境の変化で躁転しやすい)

 

あと、娘と私の知能指数は20以上離れている。

WAIS検査してもらった先の医師に

「世間では知能指数が20以上離れていると会話が成立しないと言われてますよね?」

と問うと「そんな事ないわよ」とフフと笑われてしまった。

 

他人と話す娘は明らかに淀みなくハキハキと早口で話している。

一方で私と話す時は(私にとり)普通だ。

最近は、朝早くから大学、家ではほぼ机に向かい、週末は塾講のバイト…と、忙しさのあまり私の前で娘、バグり早口が出る。

笑顔でもビビる私。

 

娘は同級生に(自分が思う自分より)愚鈍に見られていると言う。

こういうズレを本人が常日頃感じていたらしんどいだろう。

(環境要因だったら申し訳ない…)

「気にするな」というと「気にしてない」と苦笑い。

 

昭和女の私なんか「利用しちゃえ」って思っちゃうけど。(おい

 

photo : EOS kiss X9 2019年12月某日 大阪城公園内。夕陽に燃える空を一心不乱に撮っていると「見て。この夕焼け有名やねんな。めちゃ綺麗やし」と若い男女が後を通り過ぎた

 

私のこと

11月総括(?)

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起きづらい朝だった。「眠たい」というより「体調悪い?」と2度寝、3度寝をしてしまった。薬を再び変えてからこんな感じ。

木曜日の午前中、目の手術をしてもらう病院へ行く。果たして起きれるだろうか?

で、脳(心)への効きはどうか。多少上がってはいる気がするけれど、イライラを伴う。

あと、欲望に忠実。ネットで食べ物の画像を見ると何か食べたくなる。このあたりもこのお薬が「太りやすい」と言われる所以か?(違う気がする)

ーーー

早いものでもう11月も後半。晩秋のはずなんだけど、一昨年大阪城公園で撮りだめた写真を見ても、12月が晩秋と呼ぶにふさわしい気がする。

ーーー

子どもの時からクリスマスの雰囲気が大好きで、これ位の時期になると、頭の中でクリスマスソングを口ずさんでいた。

ツリーもマンションに適したスリム型の、娘より背の高いものを数年前に奮発して買いかえた。

100均に行けば、ツリーやリースのデコレーション雑貨が豊富で(セリア、ナチュラルキッチンがおしゃれ。私はキャンドゥ派だけども)手持ちのものに足せば、毎年違ったものになりテンションも上がる。

 

でも今年はまだ出していない。というか昨年は結局、出せなかった。娘はインテリアには無頓着で、本番(ケーキにチキンにプレゼント)があればそれで良し!な子なので、ツリーを出すかどうかは私の気持ちにかかっている。

ーーー

先日は母の誕生日だった。気付いていたが、娘に罪悪感を持たせぬよう口にしなかった。

娘は祖母(母)を嫌っている。

そして先日、私が母との電話でキレた時、受話器を取りあげ「今、ママは大変な時期やから電話せんとって」と言い放ったばかり。

 

私は、娘と母を頻繁に会わせていたし、娘も幼い時はおばあちゃんが大好きで、20歳を超えてからも3人で出かける事がしょっちゅうあった。

 

ところが、娘は祖母を嫌うようになった。

とにかく私のせいなんだろう。で触らずにいたのだが、先日、娘から理由を聞く機会があった。

「ずっと「昔ママと何かあった」でも今はその時のおばあちゃんと違う。ママがママなように、おばあちゃんはおばあちゃん、と思えていた」

と。しかし

「おばあちゃんがまだママに虐待をしている事に気付いてん」

それからは祖母をそういう人にしか見えなくなったらしい。

他の家庭を見て「うちは変」と気づく事はよくある事。娘の場合は学校でも家族の病巣みたいなものの勉強しているかもしれないし敏感なのかもしれない。

というか私が鈍感なのか?

 

photo : EOS kiss X9 2019年12月某日 大阪城公園内。柵のすきまから林を撮る。まだ外国人観光客で賑わっていた時だった

 

私のこと

愛すべき娘の個性。そして再び凹む

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酷いアカシジアの副作用が出たあの夜から、副作用の元となったお薬を断っている為、案の定、落ちてきて、娘が「付きそうから」と言うので2人でクリニックへ。

次は、と決めていたお薬を試す許可を主治医に頂き、とりあえずホッとする。

 

同じ日に心理士さんのカウンセリングを受けてきた。2回目となる。

途中、ブログで言語化している事を「まんま話しているな」と焦った。

記憶力が酷いので、予習をして伝えやすく準備してる、という意味ではいい事なのかもしれない。

ただ、ブログは人様に読んでもらうつもりで書いているので、オチを気にして無理やり結論づけているところもあるので、そこんとこ要注意だ。(現実はよりシビア)

 

先生が偶然これを読めば、すぐに私だと判るだろう。

以前にも書いたかもしれないけれど、お世話になっている医療者の方々に特定されても私は別に構わない。

 

最近、Twitter発達障害のお子さんを持つお母さん方のツイートをよく拝見する。

今はそういうところで、子育ての悩みを抱えたお母さん同士が情報共有をしあう事も出来るし、専門家でないと判らない知恵を得る事が出来るので、いい時代になったなと思う。

 

娘も個性的な赤ちゃんだった。

娘の事を書く時は、彼女の許可をとりたいので、今は詳しくは書けないけれど。

とりあえず「1~2歳の頃、他の子どもに興味を示さない」子で心配した事、20歳頃の「WAISのグラフがガタガタだった」事のみカムアウト。

 

WAISに関しては全ての項目で平均以上だったのでフォローされなかった。しかし生きづらさは認めてくれた。グレーの娘は外では名女優。どっと疲れて帰って来る事も。

 

娘は公園で出会う子どもたちと少し違ったけれど、うちの弟や従弟の幼い頃と雰囲気が似ていた。

あと、何より娘、面白くて可愛くて。育児日記を見返してもプチトラブルを面白がる自分が居る。(たまたま相性が良かったのかもという事は判っている)

 

誕生したばかりの頃、娘の写真を見た従妹が電話がしてきて「頭の形がおじいちゃんそっくり。この家の遺伝子は強いわー」と互いに笑ったのを思い出す。

気質は遺伝するけど、頭の形は関係あるのかな?

 

話は元に戻るけれど、最近、あるブログを読み、門外漢である自分がしったかで療育について触れてしまった事を恥じた。それを非公開にします…

そう、あれも不慣れな読書感想文を書こうとして、結論が浮かばぬまま無理やりリンクを貼り誤魔化したものだった。

 

photo : EOS kiss X9 2019年12月某日 大阪城公園内。好きな場所。ここに座ってポケモンGOした事も

 

私のこと

 

勉強が出来ない私のあれこれ

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先日、インフルエンザワクチンを打った。

翌日から3日程、接種部位が晴れて(直径10㎝位)固くなり、痒かった。

熱も2日程、微熱っぽくなったり、平熱になったり。

インフルエンザのワクチンで副反応っぽいのが出たのは初めてだ。

 

最近はアカシジアのストレスがあった。がん化学療法も変わらず受けてるし、新型コロナワクチンは夏に2回接種してる。あと歳とった。

要因はわからずともこんな時は万が一の事を考えて「誰にも移さない」行動を取るのが最優先だ。

 

病気になる前はインフルエンザの予防注射を打つのは娘の受験の年だけだったな。

 

黄金頭さん(id:goldhead)の寄稿文を読み、自分語りをしたくなった。

本当は、受験と聞くと私のではなく娘の方のを思い出す。だって彼女はずっと頑張っていたから。

 

blog.tinect.jp

 

文系、理系。私はどっち系でもない。

 

「文系」も「理系」もねえよ、というレベルで勉強が苦手な人もいるだろう

あ、それ私…

 

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幼い娘を認可外の保育園に預けて職探しを始めた頃、ハローワークの求人票を見て驚いた。

私が勤めていた業種では、MacillustratorPhotoshopが使えないと雇ってくれなくなっていたのだ。(アラサーで見習いは難しいとの事…というか自信も無かったので諦めた)

ケルトンのiMacが大流行したのは妊娠中だったかな?私は未だにWindowsしか使えない。

 

なんか資格を取らないと…と考えつつ、ハロワ内をキョロキョロしながら歩いていると「適職診断」とかなんとか書かれた怪しい機械が置いていた。試してみたら「あなたに最も向いているのはカメラマンです」ってオイ。

 

娘が幼稚園〜小学校低学年頃の私は、ミシンにハマり、遠い昔、専門学校でデザインをかじったという事もあり、彼女には「ママはデザイン系だよー」とふざけていた事もあったけれど

今となっては、彼女の方が器用で絵も上手い。

それでもママには体育があるんやでぇ!とドヤっていたが、病気で投げたり走ったり出来なくなりいよいよ逃げきれなくなったのがつい最近の事。

 

あ、仕事。

結局、私はあの後「日商簿記2級持ってるやないか」と事務職につく。しかしケアレスミスの多いポンコツ事務員だった。

 

そうこうしているうちに、娘の中学受験の時期を迎える。

きっかけはイジメ。どうしても地元の中学へ行かせる訳にはいかなかった。

 

娘の受験の付き添いの為に休みますと言ったら、上司に失笑された。

私がキレキレの頭の持ち主か、もしくはお金持ちだったら、こういう反応はされないだろう…という経験をしてきた。何度も。

元々私は鈍いので、こういう事も後から気付いたりするんだけど。

ただ「私」だけではなく「娘」もよく知っている人は皆、応援してくれていた事を付け加えておく!

 

娘は理系に進んだけど文系脳で、数学は大変努力したと思う。

私が隣で教えてあげるられたのは小5位までだったもんね…。

 

photo : iPhone6S(?) 2018年12月某日 娘からもらった画像。金時人参が入っているので正月前だと判った。干し椎茸が高いから生椎茸いれてるのね…。フライパンの焦げつき隠しました//。昔の写真から色んな事が判る

私のこと