お盆が近いから

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新大阪駅で買える美味しいハラミ弁当。作りたてでにおいが周りの人達の胃袋を刺激するので要注意。お墓参りに行く道中にて(iPhone6 2016年8月)

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他人との関係でイライラする日々を過ごすのは久しぶり。なんたって私は今、友人関係を絶ってしまっているからね。

 

イライラ…といっても軽躁ではない。(私の躁は爽快感を伴う。そういう気分にはない)ただ嫌なことがあったというだけ。その人に会った日は寝る前にグルグルと考えてしまう。ここには詳しく書けないが。

 

今回の件で改めて思うのが、人の目の無いところで、他者への思いやりを持った行動がとれる人は素晴らしい。本人が気づいていない些細な事でも。

自戒をもこめて。

 

娘には愚痴を聞いてもらうが、最後には彼女の方がその人に対して怒ってしまうので、これもあんまり良くないなーと思う。

 

昔の事を思い出してしまうのはお盆が近いからだろう。

初孫だった私は長期の休みにはずっと父方の祖父母の元にいて、大人になってからも一人暮らしの家から真っ先に向かうのは、実家ではなく祖母と伯母が暮らす家だった。

 

伯母は平日は祖父の遺した事務所に通い、時々、家に仕事を持ち帰り机に向かっていた。それでも晩御飯作りは、お手伝いさんがいたせいで料理の出来ない祖母ではなく伯母だった。

 

子どもの頃から伯母はいつも不機嫌な人に見えた。ふと「祖母はこういう暮らしが楽しいのだろうか」「私ならこういう感じは嫌だなと」思った。

 

今になって自分の思慮の足りなさにがっかりする。

祖母はきっと伯母を誇りに思っていたはずだ。口では「おじいさんは何故、長男(父)に継がせなかったんだろう」と言いながら、伯母にいつも早口で正論言われ黙りながらも、心の中では人から信頼され地に足がついた女性になった事を喜んでいたはずだ。

(そして目の前の残念な孫の将来をあんじていただろう。涙)

 

私と娘もまるで違うが、互いに尊重しあっている。(と感じる)だからそう思うし、もうしばらくは一緒に暮らしていいのだなと思える。

桜島のこと。鎌倉・横浜のこと。

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朝焼けの桜島

(iPhone7 2019年4月)

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iPhoneの待ちうけ画面の画像を変えた。

“2019年サマソニレッチリ直前”の娘との2ショット画像から、“同年春、九州新幹線内”で娘とSnowアプリを使って写した2ショット画像へ。

 

娘が生まれてからずっと、旅行は私が勝手に「娘の初めて」をテーマにしていた。コロナ前年のあの旅は“九州新幹線”と“桜島”だった。

娘が初めてハマったNHK大河ドラマが『篤姫』だった事もあり、一度はあの雄大桜島を見せたい気持ちが心の片隅にずっとあった。

私は幼い頃に母方の伯母の家(宮崎)の庭で、桜島が噴煙を上げ灰が降るのを見た事がある。

「ボン」という音がして遠く桜島の方を見ると煙が上がっていた。伯母が「灰が降ってくる」と慌てて物干しの洗濯物を回収していたのを覚えている。(その後の記憶がスッポリ抜け落ちているが、灰から逃れて家の中へ入ったんだろう)地元の人たちは日常茶飯事という感じだった。

最近、危険な噴火があった桜島。大きな災害が起きないよう祈らずにおれない。

 

NHK大河といえば、現在『鎌倉殿の13人』にハマる娘。『真田丸』以来かな?

鎌倉も私にとり子どもの頃の思い出の地だ。

横浜に住む叔母家族が鎌倉周辺によく私を連れて行ってくれた。子どもだった事もあり興味の対象が“鳩サブレ”の豊島屋本店とか江ノ電とか「え?大仏の中に入っちゃっていいの?」などだった。

今となれば京都奈良でするように寺社仏閣巡りをしておけば良かったと思うが、そういう子どもはでなかったので仕方ない。

東京の叔父なども加わり、中華街でご馳走を食べた帰り、山下公園の大胆なカップル達に大人たちが困った顔をしていた事、夜の(今は無き)横浜ドリームランドで従姉妹達と大はしゃぎした後、寝床へ入っても身体がずっと揺れている感じがし、なかなか眠れなかった事…思い出は数知れず。

大人になってからは東京へ用事で出かけても、横浜・鎌倉へ行く機会は無かった。

娘は数年前、友人と赤レンガ倉庫などへ行ってきたが、私に何度も思い出話で聞かせられてきた江ノ電には乗らなかったらしい。

「いつか一緒に乗ろう」と言ってくれる。

うーむ。一体いつになる?どういう形にせよコロナ禍で無くなるまで、私も治療頑張ろう(←明日の化学療法が憂鬱な人)

いろいろな波

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炎天下の下、たくましく咲く植え込みの花(iPhone7 2022.7)

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久しぶりにブログを書く。

しばらく、今更の健康不安により現実逃避していた。

私のスマホは娘からのLINE以外の通知を切っているので、ブログアプリから離れると、他の方のはてなブログの更新に気付くのが遅れる。

あと、はてブやニュースアプリ、Twitterのタイムラインを読むetc.という、私の中で同じしぐさ上にある事もサボり気味となってしまっていた。

 

そんな中、台所に立つ事を(娘が立つのも)拒否した日に私は、成城◯井の値引きシールが貼られたおかずを食べて思った。

「味が薄い」

野菜の旨味でおかずを作る、に意識が向くきっかけとなった。

それだけの事なのだけど、冷蔵庫を覗いて「今日はこれとこれとこれ」と、野菜のラインナップを決めるのが楽しくなった。マンネリよ来ないでくれ

残り野菜は加熱したりしなかったりでカットして冷凍する。これは食材でありながらもいい旨味調味料となる。

 

コロナ第7派は、基礎疾患持ちで、訳あって「今はまだ絶対に感染したくない。今は」という私にとっては脅威である。

感染者数の推移を見て、とうとう私は化学療法以外の治療をお盆過ぎまで伸ばしてもらった。

さすがに2年前、いや1年前とは違い「まだそんな事言ってんの」という空気は感じる。

でも、私は波を見て行動パターンを変えるスタイルは変えない。自衛をする事に恥ずかしさを感じる事はない。

そして

留意した行動をとってくれている人には「お前のためやないぞ」と言われても感謝の気持ちを伝えたい。私が公共交通機関を使って通院できるのもやはりそういう人が大多数を占めるからなのだ。

(波を乗り越えたらまた焼肉行きたい)

あの時のこと

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投票の帰りに買った。どこか懐かしい感じのする味で好き

(iPhone7 2022.7)

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投票日から連日通院等で、炎天下の中を歩く日が続いたせいか、化学療法を受けた後はいつもより副作用がきつく感じ、参っていた。

今日は今日とてメンタルクリニックの日で、娘に抱えられるようにして帰宅したところである。

ダウンしながらも、はてブTwitterのタイムラインを見ていた。思い出した事があった。

娘が2歳で、母娘で公園ジプシーだった頃だ。先輩ママといった感じの女性が2人、突然、家を訪ねてきた。「育児で困っている事はないですか」「あそこで(後ろの住宅を指差す)◯曜日の午前中、子育て中のお母さん達でおしゃべりしているのでよかったら」という誘いだった。

私は20代の初めに某宗教の信者だった先輩にロックオンされて懲りた経験があり、宗教関係者の可能性をわずかでも感じると警戒してしまう。丁重にお断りした。しかし、丁重すぎたのかその後も何度も来た。

引越ししてきて半年しか経っていない土地で、近い将来、娘とどう関わるかわからないのに近所の人に強い態度に出る事も出来ず、根気よく断り続けているうちにいつの間にかうちへは来なくなった。

Twitterで子育て中に同じ様な体験をしたといくつかのコメントを読んだ。ああやっぱりそうだったんだ、という感想。

 

昨日、4回目のワクチンは医療従事者も接種対象と発表された。2週間後からだそうで、私と娘は同時期に打つ事になりそうだ。

ウィズコロナ、基礎疾患持ちの外食事情

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〆のカルビクッパ

(iPhoneXR 2022年7月)

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3年ぶりにお外で焼肉を食べた。

外食としても2年5ヶ月ぶりだ。

 

2年5ヶ月前…2020年2月に食べたのはケーキとハーブティー

その日はウィッグをつけての初めての外出で、私は会う人が不自然さに気づいて2度見したりしないだろうか、など考えてドキドキしていた。

しかし、そういう事は一切無く、後から娘が撮った私の画像を見ても、彼女が言うとおりナチュラルでホッとしたんだった。

そんな事もあり、その時食べたケーキの味は覚えていない。

 

コロナ禍になって初の外食が焼肉だったのは、大好きである事と安心できるお店の条件が合ったからなんだけど、本当は別に“行きたいお店ベスト3”というものが自分の中にはずっとあって、しかし感染不安や店が遠かったりで行けないでいるのだ。

昨日の焼肉、冷麺、クッパetc…が美味しすぎたので、今はまたそれらを食べたい口なんだけど(笑)今より状況が良くなったら、そのベスト3の“ラーメン屋、居酒屋、ティールーム”へ行きたい。

ラーメン屋さんは私が大阪で一番美味しいと思うところ。ティールームは美味しいのはもちろん食器類が素敵なところ。

そして居酒屋さん。

引越しにより遠くなってしまったんだけど、約20年間、2、3ヶ月に1度は必ず、家族とだったり友達とだったりで飲みに…というよりは大将の料理を食べに通っていた感じのお店だ。

たまにふとこのまま二度とあそこへは行けない気がして寂しくなる。

はてなブログへお支払い。そして歯医者

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花屋さんのレジ横に鎮座していた可愛い子。名前は確か3文字…ググるも出てこない

(iPhone7 2022.6)

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今月もはてなブログに1008円をお支払いする。

何故月払いにしているのか。止めたいタイミングですぐに止められるようにだった。

広告収入は、月にセブンカフェ1杯分も無い。グーグルは初めに設定したまま放置して、私自身、元をとろうという意気込みがあるわけでもないので仕方なし。

(ご存じの通り)グーグルの広告収入はまとまった額ににならないと振り込まれない。このブログの前にワードプレスで趣味のブログを書いていた、ほぼその時の収入なんだけど、その額が近づきつある?のでもう少しはてなブログはProにしておく。やはり一度は頂いてみたいので。

達成したらProを止めようかなと思っている。こういう事もあるしなあ。

NHK受信料「死後も請求」が話題に、遺族が悩む故人のサブスク解約の対処法(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

あ、私はまだ元気です。笑

しかし頼朝も51歳だったわけですから。

「小四郎、わしはようやく分かった。人の命は定められたもの。抗ってどうする。甘んじて受け入れようではないか。受け入れた上で、好きに生きる。神仏にすがって、怯えて過ごすのは時の無駄じゃ。神や仏には、聞かせられぬ話だがのう」

「鎌倉殿の13人」餅回避も衝撃ラスト2分 頼朝落馬&佐殿呼び!ネットまさかの涙「あれだけ嫌われて…」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

 

歯医者さんへ行った。

昔は大の苦手だった歯医者さん。

今日は激し目のクリーニング中にキーンときた時(このキーンのマックスの痛みを逃すには…)とか冷静に考えたりしていた。

虫歯は無かった。

虫歯といえば、うちの娘、20代半ばになろうとしているのに未だ虫歯が出来た事が無い。しかも、歯医者さんに荒療治された事が無いので、昔、私がされた親知らずの抜歯後、麻酔が切れかけた状態での縫合の話などを話すと「ひい。何それ」という顔をする。

娘の歯の為に私がした事といえば、子どもの時に大人のミュータンス菌が口内に入らないよう気をつけた位。自分の口につけたものを与えないのはもちろん、私や夫が使った箸で娘の食べ物を取り分けるという事もしないようにした。

私は虫歯の多い子ども時代を過ごしたので「それにしてもなー」と思ってしまう。体質の違いもあるのだろうか。

Twitterと小田嶋隆さんと大阪と

小田嶋隆さんが亡くなられた。

私は小田嶋さんのコラムや本の熱心な読者では無い。私にとって小田嶋さんは、以前のTwitterアカウントでずっとフォローをしていた方というだけである。

なのに何だろうこの喪失感は。

10年前の小田嶋さんのツイートはいつも怒っていた。だからか私は少し怖い印象を持っていたのだけれど、それが変わる出来事があった。

それは、内田樹さんと平川克美さんとの鼎談を観にに行った日の事だ。

イベントの後、ご著書にサインして頂く機会があり、私の名前の事でちょっと緊張がほぐれる微笑ましいやりとりがあったのだが、そのエピソードは私の個人情報抜きで表現するにはあまりにも難しいので省略する。

ただこの事で“怖い人”だった小田嶋さんの印象が、私がつい口を滑らすほどに変わった。

私「Twitterよく見てます」

小田嶋さん「Twitterねえ…Twitter…うーん」

どう答えていいやら、と言う感じでずっと苦笑されていた。

大阪が苦手でめったに大阪に来ないとおっしゃっていた小田嶋さん。

その日のイベントでは、大阪の民の前で大阪の現状を毒舌を交え憂いておられた。

お身体を壊されている事を知ってからはツイートを見るたびに心配していた。

本当に突然で、早すぎる。

今はこの言葉しか出てこない。