病む私の為のメモ

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大きな公園にて。彼岸花の仲間のタマスダレというお花が群生していた

(EOS kiss X9 2022.10)

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この社会で私(大病を患う障害者)はどういう顔をして生きれば良いのか。

そんな事を考えていた。

特別、何かがあったわけでは無く、たまたま精神的に調子が悪い時に「コロナ前の生活を取り戻したい自分」と「病気の進行に備えてサポートを求める自分」に矛盾を感じたのだ。

頭ん中、罪悪感で満ちてくる。

 

娘が、恩師が言ったという言葉を教えてくれた。

“心は最善を求め、行動は最悪に備える”

「矛盾してないよ、ママ」と。

これは医療者の心得なんだろうけど、私はそれを脳みそに留め置いていつでも引き出せるようにしておこうと決めた。

インフルエンザワクチン&七五三の思い出

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あじさいの茂み、「綺麗に刈って来年に備えてるはるわ〜」と思い見てたら。1房だけ残しておられたのナイスです。これはこれでいい

(iPhone13 2022.10)

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先日、インフルエンザワクチンを打ってきた。

翌日、翌々日まで、「二の腕を触ると熱を持ち圧痛がする」とか、「微妙に風邪っぽい」とか、

昔、娘の受験の年に接種したりしていた時には現れなかった症状が出たんだけど、

これは化学療法治療中で免疫が落ちているから、という可能性があるし、

連日の気温差や、にもかかわらず忙しくしている疲れから、という可能性もある。

主治医に聞いてみよう。

 

久しぶりに娘と神社へお散歩へ。境内には七五三参りやお宮参りのファミリーが居て賑やかだった。

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クロガネモチの実

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クチナシの実…ここも実りの秋。

お姉ちゃんと弟と同時の七五三参りだったらしい家族を見て「ママの時もそうやってんで」と娘に自分語りをしだす私。

7歳のあの時の事、覚えているのは、髪をきつく結いすぎて頭皮がずっと痛かった事…帰りに寄ったお寿司屋さんで帯のせいでお腹が苦しくなり、父に背負われて帰った事……

…うちの娘が昔の家族のイベントでの思い出話をする時、がっかりするような事ばかり言うの、割とショックだったんだったけど

私もおんなじ事してる!そこ遺伝した?

ある別れについて思うこと

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秋やねぇ

(EOS kiss X9 2022.10)

〜*〜*〜*〜

先日、ギターを処分した。あっさりと。

私がそのギターを処分しようとする度に元夫や娘は困った顔をして「まあそう言わずに」という空気を出してきて、結局20年近く私の元にあった。

 

幼い頃から家に父のクラシックギターがあった。

私が触っても父は怒らず、むしろそれを望んでいるようだった。

生真面目な人間の多い身内の中で、ひとところに落ち着くのが苦手な父と私は同じく異端だったけれど、父は何をしても許される魅力のある人で、私は何の取り柄の無い子どもだった。(当時は自覚なし)

恐らく父もそれに気がついていたと思う。思い出されるのは苦笑いする父の顔ばかりだ。

 

中学生、高校生になると下手でも“ギターが弾ける女の子”というだけで色んな経験をした。

合唱コンクール、私が居るクラスは必ず伴奏がピアノで無くギターだった。他校の子や大学生とバンド活動の真似事をしたりもした。

 

20年前、私が再びギターを触りたくなったのは、“挫折した”という漠然とした思いをうち消したかったからだろう。父へのコンプレックス。

純粋に「弾きたい」「楽しい」というものではなかった。だからこんなにあっさり邪魔になったら処分する事ができるのだろう。

思えば、縁あって私の元に居たギターには申し訳無い。最後に写真に納めたのはそういう後ろめたさも相まってのこと。

現実逃避的に観る『ノマドランド』

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都会の公園の小さな森にて

(EOS kiss X9 2022.10)

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“歳をとる”という事は若さを“失う”事では無いんだって、久しぶりにそんな事を思い出した。

私の中には10代の自分、20代の自分、30代の…がそのまま居続けており、それは何十年経っても同様。みたいな。

アマプラで『ノマドランド』を観た。フランシス・マクドーマンド贔屓で、映画館で観たかったんだけど、コロナの恐怖には勝てなかった。

これ以降、映画の感想です。ネタバレは無いけれどドキドキしながら観たいという人にはおすすめしません。

序盤、いきなりAmazonのでっかい倉庫が出てきてびっくりした。そこで働く60〜70代と思わしき人達。食堂ではザ・スミスの歌詞を身体中に彫った女性を囲んで「彼(モリッシー)の詞はいい」と頷きあう。

彼ら、彼女らはキャンピングカーやバンで生活し、仕事を求めてアメリカ中を旅する高齢のワーキャンパー。Amazonとの契約も繁忙期を過ぎたら切れる。

原作は『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』というノンフェクション本だけど、現実はより過酷なようだ。貧困ゆえ車上生活を送る高齢者がアメリカでは増えているらしい。

ただこの映画では、主人公達が、喪失感や病気など様々なものを抱えているとはいえ、中流家庭の育ちだったり、教養があったり、病院へ行くお金が払えたり(アメリカで、です)、「一緒に暮らそう」と言ってくれる子や家族が居たり、恵まれている人達(かつ、出会う人、皆、老いも若きも善人ばかり)だ。

だからこそ雄大アメリカの大自然の中、最低限の好きなものだけを持ち自由に旅する彼らの生活を羨ましいと心から思い、憧れる事が出来た。(労働は本当に大変そうですが)

嫌味では無い。作品としては好きで多分、繰り返し観ると思う。

あと、この映画を観てから、大事なものだけ身の回りに置いて暮らそう、という意識がより強くなった。大事なものこそ奥へしまいがちだから。

大きな公園にて

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スタバのテラス席にて。久しぶりのゆずシトラスティー美味しかったー

(EOS kiss X9 2022.10)

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娘と2人で久しぶりに大きな公園へ行く。

コロナ前というか病気前は、バスや地下鉄で数駅先の気軽に通っていた公園だったのに、すっかり敷居が高くなってしまった。

10月になり気温が急に下がったとはいえ、木々はほぼ夏の姿のままだ。

可愛い野鳥の声に時折、木々を見上げながら歩く。娘がスマホで調べ「警戒している鳴き声」と教えてくれる。確かに大きなカラスが地面を歩く姿にちょこちょこ出くわす。

すぐ目の前の木の枝に小さな鳥がとまった。娘が「シジュウカラや」と言う。黒と白のツートン模様の可愛いフェイスを私の目もしっかりとらえた。

良い1日だった。私の車がサポートしてくれた。これで心もしばらくハッピーでおれるはず。

走れ、安全に。私の車

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焼き肉の後の石焼きキムチビビンパ

(iPhone13 2022.9)

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デコトラを運転する夢を見た。走っているのは爆発シーンを撮影する採石場のような場所で、道路だと煽り運転と間違われそうな雑なハンドルさばきで時々ゲラゲラ笑う私は、上機嫌だった。

楽しい気分のまま目が覚めたので忘れてしまうのはもったいなく、記憶を定着させる為、何度も頭の中でさっき見たばかりの夢を反芻した。

何故、そんな夢を見たか考えなくても判った。

電動車いすを使い出したからだ。

もう既に通院の為に電動車いすのまま公共交通機関を利用したりしているが、用事のない時も「運転技術向上の為」と、ほぼ毎日、近所を走っている。

やはり、誰かの足を踏んだりぶつかったり、他人を傷つける事を最も恐れている。“電動車いす教習所”なるものがあったら入学したい。(保険は加入してます)

その一方で、この数ヶ月、散歩が苦痛でしかなく、街や花にカメラを向けるどころじゃなかった、そういうもどかしさから解放された喜び。

それが夢の中で「ヒャハー!」と、助手席にさえ乗った事が無いトラックを運転するという形で出てきたのだろう。

ちなみに夢の中の私は何故か、長い髪をなびかせ、サンドラ・ブロック姉さんを彷彿とさせるスタイルだったのを付け加えておく。

『スーパーノヴァ』を観た後の動揺

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久しぶりに行った神社のすみに咲くランタナ

(iPhone13 2022.9)

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アマプラで『スーパーノヴァ』という映画を観た。

以下、感想を雑に書きましたが、がっつりネタバレあります。ご注意を。

 

コリン・ファースと親友のスタンリー・トゥッチが、20年連れ添ったカップルを演じる

・キャンピングカーでの旅のシーンが楽しく美しい。イングランドの田舎の風景が素敵

コリン・ファースの表情筋の演技が素晴らしい。セリフを見なくても彼の表情を見ているだけで泣ける程

・結末は観る人に判断を委ねたんだろう

・私の解釈は視聴一度目と二度目では違った

・初めに観た時は、ラストのサム(ファース)の「ずっと一緒だ」という言葉は“だから君の最後を見届けるよ”という意味で、結局、タスカー(トゥッチ)は自ら命を絶ったんだと思った

・しかしもう一度見直したら、顔つきが穏やかになったタスカーが自然にサムに身を委ねている姿が気になり(タスカー、気持ちが変わったのでは)と思った。願望も入ってるの否定しません

認知症は残酷な病だ

・“愛する人を苦しめたくない”そりゃそうだ。みんなそうだ。タスカーと同じ苦しみを抱え、それでもなお生きる人達に私はエールを送りたくなった

スタンリー・トゥッチ、確か数年前に大病を患われていたはず、とググる。今はお元気そうで良かった。(この時、前の奥様を乳がんで亡くされている事を知る)

・「失うのが悲しいならそれは良きものだったのさ」このタスカーのセリフ、私のエンディングノートの最後のページに書くこと決定

・この映画、名言の宝石箱や〜、です