晩秋のクリスマス狂

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大きい公園に咲いていたマメ科の花

(EOS kiss X9 2022.10)

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ハロウィンが終わり、キャンドゥ(100均)の店頭はクリスマス関連の商品に変わっていた。節約中だというのに、背は高いが貧相なうちのツリーを盛る為と、太モールを数本、衝動買いしてしまう。

今朝などはクリスマスケーキの予約はどれにするかと娘と画像を送り合ったりしていた。

私はクリスマスが大好きなのだ。完全に洗脳されていると思う。

これは子どもの頃の思い出よりも、ある程度大人になってからの体験(上がるCM、クリスマスソング…バブリーなプレゼント…予定の無い女だけのパーティー計画(絶対誰かが裏切るやつ。笑)…等)が起因しているような気がする。

 

元夫は毎年、クリスマスイヴの夜、仕事で家に居なかった。私は、イヴの日の忙しいサンタを描いたアニメーションを思い出し、幼い娘に「パパは実はサンタズリトルヘルパーでな、サンタさんのお手伝いで忙しいねん」と話していた。

私がどんなに工夫しても、サンタクロースの存在を早々と疑りにかかっていた娘がそれを信じるはずは無く…でも毎年ちゃんと乗っかってくれていた。

 

今年は久しぶりに娘の枕元にプレゼントを置いてみようか。学生最後の年だしなー。彼女に比べるとめちゃ早寝な私は睡魔に勝てるか?

考えるだけでわろてまう。これでは当日までに、怪しまれそう。気をつけて計画を遂行するとするか。多分例年通り、あっという間に年末は来るんだろう。

覚醒

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鳩ぽっぽの足あといっぱい

(iPhone13 2022.11)

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最近、家計簿をつけていて、ここ数年で何度目かのピンチが来ている事を悟った。(遅い)

節約が始まった。

「朝はパンよりごはんの方が節約しやすいから」と、朝食用のパンを買わなくなった。

そして1週間が経ったのだけど、昨日になり無性にパンが食べたくなり、娘が用事で出かける際に「すぐ食べたい。買ってきて…」と、頼んでしまった。すると彼女も「実は私も食べたかってん〜!」と言うではないか。

うちは祖父母の代から朝食はパンに紅茶と決まっていた。パン食だって工夫すりゃ節約出来るやろ。

そして再び。今日もまたパンを買いに行く。

話題のマンガ、当事者として

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曇り空。なんとか棚?大きな公園にて

(EOS kiss X9 2022.10)

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1週間程前の事。心の(脳の)調子が悪いので、活字を読むのが辛く、マンガにチャレンジしてみた。

相原コージさんの『うつ病になってマンガが書けなくなりました』と、水谷緑さんの『私だけ年を取っているみたいだ。』。

なぜ、具合が悪い時に、このチョイス、と思われるかもしれない。

どうやら私には、他の刺激(想定外の刺激)より、内容を予想出来、かつ共感出来そうなもの方がハードルが低いようだ。多少のフラッシュバックはあってもだ。

そして、活字だけの本は脳への疲労感がハンパないけれど、実写で予告なく心を刺してきがちな映画は、この状態の時、観るにはよりハードルが高い。観たいもの色々あるのだけど。

(今、格闘している本は『モリッシー自伝』。なかなか進まず(1ヶ月経ったがモリッシーまだ14歳)痺れを切らして新書の『人生はそれでも続く』を挟みなら読んでいる)

いや、ブログ書いてるやん。と言われそうだけど、最近、脳トレや備忘を兼ねて、日記アプリを再び再開して(あれだけサブスクの断捨離する言うてたのにね)毎日キーボードをぽちぽち叩いている効能かもしれない。

つらつらと色々書いたけれど、最後に先に紹介したマンガの雑な感想を置く。

いつもの如く、ネタバレ読みたくない方はご注意下さい。

 

うつ病になってマンガが書けなくなりました』

・マンガを読まない私に若き日の元夫が教えてくれた『コージ苑』の作者、相原コージさんの闘病記

・“だから本作は面白くないかもしれない”と予防線を張っているけど、違和感無くさすがだなぁと思った。無理したのかなと心配にもなった

・眠れない夜の焦燥感とか希○念慮とかの描写、そうそう、そうだったと10年位前を思いながら読んだ(私は双極性障害II型のうつ)。とにかく疲れてしょうがなかったり等、共感描写が多かった

・アレは失敗しやすい。失敗したら家族も巻き込みもっと不幸な事になるというの、ほんとそれを頭に入れておいた方が良い

・ラストページにちらっと出てきた閉鎖病棟。これを相原さんの画力と表現力で描いてくれるのか(私は精神科病棟への入院経験が無い)と次作に期待する。しかしくれぐれもご無理はされないで欲しい

 

『私だけ年を取っているみたいだ。』

・このマンガは色々な人の体験を合わせて制作されたものらしいが、母親の病名表記に不安になる。この病気への偏見はネット上で酷いものが多く見られるから

・ちゃんと治療してお薬を飲んで社会で活躍されている方は多い、その事はもっと周知されて欲しい

・主人公は幼い時からこれが母親の普通として見ている。周りの大人の対応が悔やまれる

・主人公が大人になる過程で体験する色々な辛い事は、彼女の親になったような気持ちで読んだ。なので、とてもキツかった。途中からは読まなきゃという義務感で読んでいる感じだった

・追記、何か見た)親を攻撃してヤングケアラーを救えるだろうか。ヤングケアラー問題は救う側に“家族ごと”という信念が無いと埋もれてしまう。親への冷ややかな視線は、今現在渦中にいる子どもから、助けを求める勇気やきっかけを奪ってしまうと思うのだが

この時期に思い出すのは

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公園にて。巨大鳥の足みたい

(iPhone13 2022.10)

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街を行くと嫌でも目に飛び込んでくるオレンジ色のかぼちゃのディスプレイ。

ハロウィンの個人的な思い出は、娘が幼稚園児の時から小3まで通っていた英会話教室でのハロウィンイベント……しか私にはない。

イベントの内容は担当の先生により毎年違ったのだけど、最後の2回は、本場の「trick or treat」(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)を体験させたい先生が、夕方、仮装した子供たちを連れてご近所を回りお菓子をもらう、というものだった。(もちろん、訪問するお宅には事前に協力をお願いしている)このイベントの事がとても印象に残っている。

当時は日本の……というかこの辺りの大人の(若者の)間にハロウィンパーティーは今ほど浸透しておらず、10月31日の夜に地下鉄に乗ると、仮装した外国人の大人達に遭遇するくらいだった。

娘が英会話教室を辞める前の、最後の「trick or treat」では、仮装のドレスを、既製品ではなく手作りしようと一念発起…したのはいいものの、本番当日、娘が出かける寸前にやっと作り終えるというドタバタになってしまったんだなぁああ懐かしい。

病む私の為のメモ

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大きな公園にて。彼岸花の仲間のタマスダレというお花が群生していた

(EOS kiss X9 2022.10)

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この社会で私(大病を患う障害者)はどういう顔をして生きれば良いのか。

そんな事を考えていた。

特別、何かがあったわけでは無く、たまたま精神的に調子が悪い時に「コロナ前の生活を取り戻したい自分」と「病気の進行に備えてサポートを求める自分」に矛盾を感じたのだ。

頭ん中、罪悪感で満ちてくる。

 

娘が、恩師が言ったという言葉を教えてくれた。

“心は最善を求め、行動は最悪に備える”

「矛盾してないよ、ママ」と。

これは医療者の心得なんだろうけど、私はそれを脳みそに留め置いていつでも引き出せるようにしておこうと決めた。

インフルエンザワクチン&七五三の思い出

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あじさいの茂み、「綺麗に刈って来年に備えてるはるわ〜」と思い見てたら。1房だけ残しておられたのナイスです。これはこれでいい

(iPhone13 2022.10)

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先日、インフルエンザワクチンを打ってきた。

翌日、翌々日まで、「二の腕を触ると熱を持ち圧痛がする」とか、「微妙に風邪っぽい」とか、

昔、娘の受験の年に接種したりしていた時には現れなかった症状が出たんだけど、

これは化学療法治療中で免疫が落ちているから、という可能性があるし、

連日の気温差や、にもかかわらず忙しくしている疲れから、という可能性もある。

主治医に聞いてみよう。

 

久しぶりに娘と神社へお散歩へ。境内には七五三参りやお宮参りのファミリーが居て賑やかだった。

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クロガネモチの実

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クチナシの実…ここも実りの秋。

お姉ちゃんと弟と同時の七五三参りだったらしい家族を見て「ママの時もそうやってんで」と娘に自分語りをしだす私。

7歳のあの時の事、覚えているのは、髪をきつく結いすぎて頭皮がずっと痛かった事…帰りに寄ったお寿司屋さんで帯のせいでお腹が苦しくなり、父に背負われて帰った事……

…うちの娘が昔の家族のイベントでの思い出話をする時、がっかりするような事ばかり言うの、割とショックだったんだったけど

私もおんなじ事してる!そこ遺伝した?

ある別れについて思うこと

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秋やねぇ

(EOS kiss X9 2022.10)

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先日、ギターを処分した。あっさりと。

私がそのギターを処分しようとする度に元夫や娘は困った顔をして「まあそう言わずに」という空気を出してきて、結局20年近く私の元にあった。

 

幼い頃から家に父のクラシックギターがあった。

私が触っても父は怒らず、むしろそれを望んでいるようだった。

生真面目な人間の多い身内の中で、ひとところに落ち着くのが苦手な父と私は同じく異端だったけれど、父は何をしても許される魅力のある人で、私は何の取り柄の無い子どもだった。(当時は自覚なし)

恐らく父もそれに気がついていたと思う。思い出されるのは苦笑いする父の顔ばかりだ。

 

中学生、高校生になると下手でも“ギターが弾ける女の子”というだけで色んな経験をした。

合唱コンクール、私が居るクラスは必ず伴奏がピアノで無くギターだった。他校の子や大学生とバンド活動の真似事をしたりもした。

 

20年前、私が再びギターを触りたくなったのは、“挫折した”という漠然とした思いをうち消したかったからだろう。父へのコンプレックス。

純粋に「弾きたい」「楽しい」というものではなかった。だからこんなにあっさり邪魔になったら処分する事ができるのだろう。

思えば、縁あって私の元に居たギターには申し訳無い。最後に写真に納めたのはそういう後ろめたさも相まってのこと。