「毒親」でいいんじゃないでしょうか

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急に涼しくなった。昨日からエアコンいらず。

 

前回触れた姫野カオルコさんの『謎の毒親』。

記憶をたどると、当時の話題の新刊は『彼女は頭が悪いから』で、そのそばに置かれていたのがこの本だった。

 
謎の毒親(新潮文庫)

(『謎の毒親』は事実に基づいて書かれた作品で、主人公は作者自身である)

主人公の親の態度は子への愛情が感じられない。訳の判らない理由で怒られ変なルールが支配する家で生活する彼女が、その事を身近な大人に話しても「親の事をそんな風にいっちゃダメよ」と論される。

私も子ども時代、同様の経験を何度もした。

言われた子どもにしたら「私がいい子じゃないから」と誤った解釈をしてしまうに充分な仕打ちだ。

そんな主人公は、大人になり「そういうのを毒親というのです」と言われても親の事を「毒親」と呼ぶ事を躊躇する。

私は木琴も買ってもらえたし、大学は私立に行かせてもらえたし、両親にはよくしてもらいました。これはほんとうにほんとうにそうなのです。

(略)

世の中には、親から凄惨な暴力をふるわれている子どもがいて、そのような悲劇にこそ「毒」の語を使ったほうががよいのではないかと思うのです。が、長谷川さんのおっしゃるように、そういう明らかな悲劇の元となっている親の場合は、虐待とかネグレストというのですね…。

(略)

こうした「当然つけるべき差」「人ならつけないとならない差」をやり玉にあげ、外づらと内づらが違うなどと親を評し、「毒親」だのと、この語を悪用している人達がときどきいる。それもあって、「毒親」という一語以外に、もっとなにかないのかと思います。

私も「毒親」という言葉をネットで知ってからずっとモヤモヤしていたのでここのところはとても共感した。

 

例えばカウンセリングで親の事を話さねばならない状況になった時、出来れば「疎遠です」でスルーしたいが、大概そうはいかず、詳細に話さないといけない。

とてもエネルギーを使う。親からされた理不尽な仕打ちを他人に話す事は、自分の人生が上手くいかない言い訳をしているようで落ち着かなくなるのだ。

一度、前の主治医が「貴方は虐待の連鎖を止めたんだからそれだけでも大変な事だったと思う」と言った事がある。それを思い出した。

 

虐待…。そうか「毒親」以前はこの言葉しか無かったんだな。

虐待となるとより使う事を躊躇してしまう人も多いだろう。

毒親」という言葉が多くの人を救っている事は認めざる負えない。

 

photo : iPhone7 2021年9月某日 散歩中に見つけためちゃくちゃ味のある樽。ワインバーらしい。夕方だったが開く様子は感じられず

私のこと

 

 
彼女は頭が悪いから (文春文庫)