うつは抜けたがダメだな自分

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今夜0時までにこれをUPすれば、1ヶ月に書いたブログの数が10を超えるという事に気づく。

書く事、順調に慣れつつあるのかな。嬉しい。

 

しかし下書きがめちゃ溜まっているではないか。数えてみた。

57個!公開しているものより多いじゃない!

 

恐らく、備忘がわりに書きかけたもの、ネガティブすぎて公開をやめたもの、書いている途中で恥ずかしくなったやつ等々…。

合間合間にこれらを白日の元に晒して供養していこうと思う。

〜〜〜

これは、うつのひどい時に書いたものだ。ネガティブ注意。

 

2021年4月某日

文章が書けない。絵も描けない。ピアノも弾けない。

でも死ぬまでにまだ時間があるから、自分の思いを残したいという気持ちが強い。

言い訳と言われても、人生の時々で誤解された事の釈明をしておきたいし

世の中にも物申したい。

こんな事を悩みだしてから半年たつが、今だにPCの前で書いては消しを繰り返したり固まったりという無駄な時間を過ごしている。

ゆうべ真っ暗な部屋の布団の中で考えた。

そこそこ趣味や楽しみはあったものの、コロナ禍で出来ない事、がん治療中は出来ない事ばかり。

(略)

今、抗がん剤の副作用で足のしびれが日常生活に支障をきたしているのだけど、動けないわけでないし、ダルさもない。

片付けも、体力つくりも今のうちにやっておかなきゃ。

 

日付を見るとうつの底にいる時だ。

抜けた今は今とて何もしていないのだが。それを「苦」と思わない今の方が恐ろしいではないか。

 

娘に「頑張れない、という特性はあるのか?」と問うた事がある。言った後に恥じた。

娘は「頑張れるって、成功体験の積み重ねもあるから」と応えたと思う。

自身はそうだったんだろう。(あと私を傷つけない配慮もあり)

 

私は苦手な事を無理にさせない親だった。育児の知恵や特別なポリシーがあったわけじゃない。出来るだけ褒めて育てたかった。

そうした私の甘やかしが原因で彼女は失敗した事がある。しかしそれをちゃんと自覚し頑張る事を惜しまなかった。

 

…これ見たら「ママ褒めすぎ」と言うだろうな。

 

さて。11月11つ目のブログをUPしよう。

 

photo : EOS kiss X9 2021年5月某日 井原西鶴像の方をボカして何でもない若い小枝を撮っていた

 

私のこと