元夫との残念な思い出

Eテレの「ブリティッシュ・ベイクオフ」を観て
甘~いあの菓子が食べたくなり
行っちまったぜ成城石井;
(iPhone7 2022.4)

※精神医療についての記述が含まれていますが医療に従事していない素人が書いています。

昨日のブログで

精神疾患は早期に医療と繋がる事が大事”

と書いた。

これは私の親族の例や、当事者の体験談などから、私自身、信じている事。

 

私が双極性障害(Ⅱ型。躁うつ病、双極症ともいう。英語ではBipolar disorderというらしい)と診断されたのは、当時のクリニックにお世話になりだしてから7年を経たタイミングでだった。(それまでは「うつ病」「不安障害」と診断されていた)

 

初めて読んだ「双極性障害」について書かれた本には、例えば初診でうつ病等、違う疾患で診断を受けた人が双極性障害と正しく診断されるまで平均7年かかると書いてあった。(最近読んだ本には8年)

 

一体、何故そんなに時間がかかるのか?

 

(他の精神疾患と診断された双極性障害の患者が合っていない薬、例えば抗うつ剤等を与えられ、医師に気付かれぬまま躁転、うつ転を繰り返していると、家庭、仕事を失う程、状況が深刻になったり、寛解・治癒が遠くなる)

 

診断が難しい理由に、当事者が躁転して「うつが治った」と思い通院を止めたり、その「最近調子いい」感じが違う病気の可能性をはらんでいると思わず、主治医に詳しく報告しない、というものがある。

 

私の場合は後者に近かった。

 

独りで、いや娘と2人きりで、彼女に対するいじめ問題で学校と話し合い&中学受験準備に疾走していた頃だった。

仕事もしていたが疲れるという事はなく、毎朝早朝に起きて動いていた。

 

それでも薬が無いと仕事中に不安なるので通院は続けていた。

「調子いいのに変だよな」と違和感、そして罪悪感を感じたりもした。

 

不仲だった元夫とケンカをした時

「そんなに外を出歩けるのにうつ病のはずない」

と言われた。

 

腹がたった。

夫には一度もクリニックへ同行してもらった事はなかった。

私が無理に頼んで初めてクリニックに一緒に行ってもらった。(以前、ブログに「一度も付き添ってもらった事が無い」と書いたが、事実はこういう事です)

 

診察室へは2人で入った。

しかし元夫は先生の説明中、一言も言葉を発せず、1分もたたないうちに、携帯の入ったポケットに手を当てて「あ、すみません」と診察室を出て行った。

そして戻って来なかった。

(信じられないでしょうけど実話です……)

 

元夫は娘にも無神経(「いじめらる方にも落ち度がある」と言う等。学校での話し合いに一緒に来てくれた事は一度も無い)だったので、彼には何も期待はしていなかったけれど、せめて詐病ではない事だけは知って欲しかった。

 

双極性障害と診断された時は、すでに離婚していた。先生は、小学生の時から時々通院に付き添ってくれていた中学生になった私の娘に、パソコンに映し出した折れ線グラフを見せながら、母親の病気を丁寧に説明してくれた。

 

元夫には黙って診察室を出るのでは無く

「コイツ鬱やないですよ詐病ですよ。元気に外出歩いてますよ」

でもいいから、私に対して思うことを先生に話して欲しかった。

もしかしたら、これで何かが変わっていたかもしれない。

 

そうしたらもっと早く、あの時の主治医が双極性障害との診断にたどり着けていたかもしれない。

あの時の私がまだ働けていた事を思うと、無念さは残り続ける。

 

私のこと