可愛い娘。母として始めの躓き

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父の日の夕方、品切れ気味の花屋さんで買ってきたあじさい

(iPhone7 2022.6)

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不定期に、不器用な私の七転八倒した育児に関する思い出を書き残しておく事にしました。自虐が多くなりそうで鬱鬱とした感じにならぬよう、優しめの文体を選びました

 

先日「私は仕事がしたい人」という内容の記事を書きました。

しかしそういう焦燥感やコンプレックスを忘れて無職を心から楽しんでいた時期があります。

それは妊娠中から娘が2歳の間。

私は誕生したばかりの娘の手を触った瞬間から“娘のそばにずっと居て育児に専念したいモード”に突入したのです。幸いというか元夫にとっては育った環境の影響などで、妻が専業主婦になる事は想定外ではありませんでした。

私は「仕事は娘が中学入学までに。パートでも」と甘い考えでいて……ほんとに、今となればタイムマシンに乗ってあの時の私に「ならばとりあえずPC買ってIllustratorPhotoshopのソフトを入れておこうぜ」と伝えたい…

 

娘は3歳になる少し前に保育園に入ります。

そこに至るまでには色々ありました。

平日娘と2人きり…の生活はとても楽しかった。しかし、私には不安な事がありました。

その頃、私たちはいわゆる“公園ジブシー”。

私は公園でのママ友付き合いからドロップアウトしていました。

私は他の子と上手く遊べない娘をフォローしきれず、そして私自身「自分の振る舞いひとつが娘のお友達関係に影響する」と過度に思い込み、子どもとセットの人間関係が怖いという状況に陥っていました。(私の未熟さに対する自戒をこめ)

 

時間を妊娠中に戻します。

今思えば典型的なマタニティーズハイの妊婦で、妊婦関連のイベントを見つけては喜んで出かけ、マタニティスイミングに通い、友人(未来のママ友)を積極的に作っていました。

しかし、産後、出産時に同部屋だった人たちと初めて再会した時、いつもと同じテンションで接する事が出来ない自分に気づきました。「あれ?」「赤ちゃんを抱いた友だちが怖い?」。

病院で診てもらった訳ではないのですが、もしかしたらあの時、マタニティーハイからの産後うつ、という、凄く高低差のある気分の落ちようを経験していたのかもしれません。

 

私は平日2人ぼっちでも規則正しい生活を心がけていました。娘は食べ物にこだわりがあったり、寝付きが悪かったりで苦労しましたが、役所等に相談に行けば「睡眠がしっかりとれていますか?」「規則正しい生活を」と言われるので、そこは娘がどんなにゴネても手を替え品を替え、工夫で乗り切ろうとしていました。

朝は決まった時間に起きて、公園遊び、昼食、お昼寝、夕方のお散歩、夕食、パパが帰ってきたらお風呂に入れてもらう、そして9時に寝かしつけ…と。書くと簡単そうに見えますが、間におもちゃ遊びや絵本の読み聞かせなどが入るので、切り替えが苦手な子ども相手だとなかなか大変なのです。

(ちなみにに当時の私はインターネットに疎く(というか関心が薄く)情報源は育児書、新聞の家庭欄、NHK等でした)

 

私はとにかく娘の個性が大好きで、平日2人ぼっちでも彼女との生活を楽しんでいました。家でも外でも彼女の好奇心を満たす事に生きがいを感じていました。(母も娘もクセ強な気質でありながら、私たちは相性のいい母娘でした。その事に感謝しつつ)

ただ、娘が暮らす未来は無人島ではない。社会性が必要だ。何より自分のようになって欲しくない……。

その思いが、彼女を保育園へ入れるきっかけとなりました。