編みながらぐるぐると考え

相変わらず編み物をしている。

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例のハンドウォーマーは2セット編み、出来のいいの(最新)を娘にあげた。

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私の拳。ややオーバーサイズだけど暖くって良い(編んでる最中の不安とか思い出しほっこりする)

てか、外で写すと随分、色が違うな。

 

編み物は自分との戦いである。(by 私)

「自制心」と「自己肯定感」という言葉が浮かぶ。

編み物をしている人の姿はしおらしく内省的に描かれたりするけれど、性格はダイナミックで気丈な人が向いているんだろなーと編みながら思う。

そういえば祖母も母もタイプは違えど、ある意味そういう人たちだった。

そんな私が「自己肯定感」という壁にぶち当たりながら今、編んでいるのはモヘアのマフラー。

予定していたものを編むのを断念した為、モヘア糸が結構余ってしまい(毛足の長い上質なモヘア糸で、これを放置して次へ行く事が躊躇われた)、どこかで“モヘア地の羽織りものは軽くて持ち歩くのに重宝する”と読んだ事で、とりあえず幅広マフラーを編むことにした。

しかし、テキストを見ながらかぎ針で丁寧に編む程、時間に猶予は無く(次、編みたいものが待機している。冬は短いのだ!)とにかく棒針でリブ編みの編み地をザックザクと作っていく事にした。

それからは、ハンドウォーマーを作っていた時とはまた違うモヤモヤを抱えながらこの毛糸と付き合っている。

“モフモフした毛足がたっぷりあり収まりの悪い糸”&“元々、綺麗な編み目で編むのが苦手なリブ編み”とはいえ、予想以上に編み目が酷すぎないか?

「これでいいのだろうか?」「いいのだろう……OK。これが“味”ってやつだよ」「……モフモフがナイスカバーしてくれている」「いやいやいや、やっぱ酷いよこの編み目(早く終わっちまいたい)」

編み始めた当初は、だいたい脳内こんな感じだった。今は「味」が自分の中で台頭し、落ち着いたけれども。

私のこういう所は「完璧主義だから」ってずっと思っていたけれど、「自己肯定感」を欠いているからっていうのもあるんだろう。自分の出す「味」「個性」が気に入らない、みたいな。

昔は真逆で、今となってはただの「苦手」にしか思えない事を「個性的」と言われて喜んでいた。

だから努力しなかったっていうのもあるな……

となると昔はしなかった努力を今はしようとしているのだから、あながち今の状況も悪くないと思えてきたゾ。(え……)

まあ、何事も程々がベストって事なんだろうけど、その程々に着地するのが私にはとても難しいのだ。